【鈴木宣弘・東京大学教授】
種苗法改定を簡潔に理解し、冷静な議論を深め、解決策を探るため、毎日新聞のネットニュース解説「まいもく」のために事前準備した原稿を共有したい。
Q 種苗法改正案は、種子のいわば著作権を守るためのものだといいますが、どんなものなのでしょうか?
A:種苗法は、植物の新品種を開発した人が、それを利用する権利を独占できると定める法律。ただし、農家が利用するのはOK、自由に自家採種してよいと認めてきた(21条2項)。今回の改定は、その条項を削除して、農家であっても登録品種を無断で使ってはいけないことにした。
Q 「日本の貴重な品種が海外に流出するのを防ぐ」と評価する声がある一方、「海外の大手企業に種子を支配される」という懸念の声もあります。真逆の評価が起きている状況をどう考えますか?
A:種苗法には賛否両論があるが、双方とも「日本の種を海外に取られてはいけない」という想いは共通している。賛成派は日本の新品種の種が海外で勝手に使われているのを止める改定なのに、なぜ反対するのか、と指摘する。
一方、懸念する側は、種苗法で自家採種に制限をかけるだけでは海外流出の歯止めには不十分。むしろ、「種は買う」ものとなって、日本の農家がグローバル種子企業に譲渡されたコメなどの種を買わざるを得ない状況を促進して、日本の種を海外企業に取られて、それに支配されてしまいかねない。結果的に、「流出阻止」のはずが「流出促進」にならないか、と心配する。
確かに、平昌五輪でイチゴの種苗が無断で流出していたと騒いだのに、グローバル種子企業へ米麦の種を「流出」せよと法で義務付け、それを買わざるを得ない流れを促進するのは矛盾している。
Q 登録品種は少数だから問題ないという考えもありますが、どうですか?
A:栽培実績のある品種に限ると、コメの場合、登録品種の割合は全国平均で64%と高く、地域別に見ると、青森県99%、北海道88%、宮城県15%など、地域差も大きい(印鑰智哉「ビツグイシュー」近刊)。登録品種への依存度は小さくない。
だから、コメの登録品種が「公共種子供給の停止→企業への払下げ→種は買うもの」の流れに乗ると、例えば、青森県や北海道では甚大な種代の負担増が心配される。
かつ、登録品種の無断自家採種が禁止されることは、登録品種を増やして農家に買ってもらって儲ける誘因が企業に働くことを意味する。「種を制する者は世界を制する」との言葉のとおり、種を自らの所有物にして、それを購入せざるを得ない状況を広げたいのは企業の論理である。
在来種は登録されていないから誰のものでもない。「新規性」がないのでそのまま登録されることはないが、在来種を基にして+αをもつ新品種が企業によって育成されたら登録できる。それが元の在来種よりメリットがあれば、在来種が駆逐され、企業の種を買わざるを得ない状況が広がっていく。
(なお、農水省が2015年に行ったアンケートによると52.2%の農家が自家増殖をしていて、野菜が一番高く74. 5%。農家数でみると、購入の種への依存度が高いとされる野菜でも中小経営中心に種取りしている農家は非常に多い。)
Q 伝統的な在来品種なら自家採種できるといわれても、古くからある「在来品種」の定義は難しいのでは?
A:在来種は膨大な数があるが、誰も把握しきれていない。また、農家が良い種を選抜して自家採種を続けていた在来種が変異して、どんどん変化している。それが、すでに登録されている品種の特性と類似してきていた場合に、登録品種と同等とみなされて権利侵害で訴えられる可能性も指摘されている。
Q 自家採種の禁止は、過去に海外でも問題になったと聞きます。何があったのですか?
A:例えば、コロンビアでは種苗法が改定され、登録品種の自家増殖が禁止され、そして、農産物の認証法が改定され、認証のない種子による農作物の流通が実質的にできなくなるという2段構えで在来種が排除されたと印鑰智哉氏が報告している。類似の動きが中南米各国で起こり、農家や国民の反対運動が起きた。日本の今回の動きと似ている。日本にも懸念があるというのは、陰謀論でなく、事実に基づく合理的推論である。(なお、海外で多国籍企業が在来種を知財化したケースとして、インドでのM社の遺伝子組み換えナス〈Btナス〉はその典型と印鑰智哉氏が指摘する。インド政府は遺伝資源の盗賊行為としてM社に訴訟を起こしたし、同じ意味で遺伝子組み換えトウモロコシは米大陸固有種から、遺伝子組み換え大豆は東アジアの品種の盗賊行為だろうと思われる。)
Q 民間企業が参入しにくい日本の農業は、一見して多様性を生みにくいように思いますが、民間の参入こそ多様性が失われるという声があります。なぜですか?
A:在来種のおいしいけど曲ったきゅうりを用いて品種改良してF1(一代雑種=自家採種しても同じ形質がでないので買い続けないといけない)や登録品種のまっすぐなきゅうりを作って売り出せば、みんながそれを作るようになり、在来種が駆逐され、種の多様性が失われていく。それは、種の値上がりや、災害時の被害拡大につながる。
各地域の在来種は地域農家と地域全体にとって地域の食文化とも結びついた一種の共有資源であり、個々の所有権は馴染まない。これが守り続けられるようにするためには、企業がそれを勝手に素材にして品種改良して登録品種にしていく(私有化していく)のに歯止めをかける必要があろう。
Q 2018年に種子法の廃止がありました。これも日本の農業に大きな影響があったようです。どのような法律だったのでしょうか?
A:命の要である主要食料の、その源である種は、良いものを安く提供するには、民間に任せるのでなく、国が責任を持つ必要があるとして、国がお金を出して、都道府県がいい種を開発して農家に安く提供する法律だった。
Q 種子法を廃止し、種苗法を改正する、日本はどのような農業を目指してそのようなことをしているのでしょうか?
A:種子法が突如廃止されて、さらに、それとセットで、これまで国と県が開発した種は民間企業に譲渡せよ、という法律ができた。これと、今回の種苗法改定での無断自家採種の禁止とつなげると、公共の種をやめてもらって、それを自分のものにして、それを買わないと生産・消費ができなくなる、という形で、民間企業がもうけやすい構造をつくろうとしているように見える。
Q 海外の大手企業が種子市場を寡占している状況で、民間の参入を促す。日本の農業の特徴とマッチしているのでしょうか?
A:日本の種会社さんは世界的にはシェアがとても小さく、恩恵があるとすれば、海外のグローバル種子企業。彼らにとっては「濡れ手で粟」のようなストーリーにも見える。
Q 未来の日本の農業を考えるために、大切なことは?
A:農水省は日本の農と食を守るために頑張ってるが、その意図とは別次元で、グローバル企業などの要請に応える、もっと上からの圧力が規制緩和の名目で働いている懸念がある。種苗法改定においても、こうした懸念を払拭するためには、(1)日本の新品種の海外農家への流出の歯止めには真に何が必要か(2)コメ、麦、大豆の種の海外企業への譲渡にどう歯止めをかけるか(3)共有財産たる在来種が勝手に企業の儲けの道具に使用されないように、どう歯止めをかけるか、
といった論点を中心に、柴咲コウさんも指摘しているように、国民全体で客観的なデータ、情報を共有して、冷静で丁寧な議論を尽くして、解決策を見出すことが肝要である。
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June 01, 2020 at 02:00PM
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わかりやすい種苗法改定Q&A【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】 - 農業協同組合新聞
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