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Saturday, May 9, 2020

[新型コロナ禍 農と食] 酪農家深まる苦悩 スーパー売れ行き好調も… - 日本農業新聞

 「牛乳を買う量が増えた」。4月30日、仙台市のスーパー「さいち」を訪れた主婦、鈴木秀子さん(55)は「健康のため、朝と晩には必ず子どもに飲ませているし、シチューやスムージーにも使っている」と笑顔を見せる。

 佐藤浩一郎店長は「牛乳の売り上げは他の売り場と比べても格段に伸びている」と喜ぶ。売り上げは新型コロナウイルスの感染が広がる前の1・5倍。この傾向は首都圏など他の地域のスーパーでも同様で、在宅勤務の拡大や一斉休校で家庭内消費が増えたためだ。

 それなのに、生産現場では苦悩が深まっている。
 

学乳で打撃


 東北や関東一円に販売網を持つ中規模の乳業メーカー、酪王乳業。福島県郡山市の本社で売上報告書を見た鈴木伸洋専務が険しい表情をした。

 同社は収益の4分の1を学校給食用牛乳(学乳)が占める。コロナ禍の前は県内の学校に1日15トン、200ミリリットルパック7万本分を供給していた。給食が停止したことで、3、4月の損失は1億円を超える見通しだ。

 「学乳を一般消費用としてさばけるほどニーズはない。加工用に回そうとしても、受け入れてくれる工場を見つけるのは難しい」と鈴木専務は打ち明ける。

 乳価は用途別で異なる。酪王乳業が商品を販売する際、安定供給が求められる学乳が最も高く、一般消費用、加工用と下がっていく。この構造が同社の売上高に響く。

 影は生産者にも忍び寄っている。安達太良山麓に広がる福島県二本松市。戦後に入植した祖父から数えて3代目の酪農家、目黒光一さん(64)が「5月は怖くて開けない」とつぶやき、通帳を引き出しの奥に押し込んだ。牛は生き物だから餌代はかかるし、請求書はいつも通り届く。
 

よぎる悪夢


 9年前の「光景」が脳裏をよぎる。

 東日本大震災の直後に起きた東京電力福島第1原子力発電所事故。50キロ以上も離れた二本松でも行政の指示で生乳の出荷が停止された。牛は乳を作り続ける。だから、毎日搾乳し、衛生管理もしてあげなければ、乳房炎を患い、最悪の場合、激しい苦しみの中で死ぬ。

 多くの住民が避難する中で、目黒さんは牧場に残り、搾乳を続けた。県などが牛乳は安全だと結論を出すまでの1カ月にわたり、非常事態下の緊急措置として、畑に掘った大きな穴に捨てることを余儀なくされた。

 「白い池が畑にぽつんとできる。捨てる生乳を搾って、『俺は何してんだ』って。命を粗末にしているようで、心が押しつぶされそうだった」

 生乳は一晩かけて土に染み込み、朝になると土に乳脂肪の膜が張っていた。その臭いに鳥やイノシシなどが寄ってきた。記憶は悪夢となり、目黒さんの心をかき乱す。

 収入減で経営は厳しい。だが、目黒さんが本当に恐れるのは、生乳が行き場を失うことだ。

 農水省は消費拡大運動を始めた。スローガンは「毎日牛乳をもう1杯、育ち盛りは、もう1パック」。とはいえ、飲める量は人それぞれだ。

 コップ1杯の向こうには、命を分けて生乳を作り続ける牛や苦悩にあえぐ酪農家の姿がある。(高内杏奈)
 

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