世界人口が増え続ける中、食料需要の拡大にともない食料生産の技術も発展させていく必要がある。しかし、日本の食料自給率は低下の一途で、「農業は衰退産業なのでは」と思っている人もいるかもしれない。
ところが、玉川大学農学部教授の渡邊博之(わたなべ ひろゆき)さんは「技術を活用すれば、食料を作り出せる農業は魅力的で将来性のある産業」と話す。渡邊さんは、太陽光の代わりにLEDを利用し、農地を垂直型に縦積みにする植物工場や、宇宙空間でのジャガイモ栽培を、玉川大学のラボ内で研究している。未来型農業の仕組みや将来性、消費者への影響を伺った。
生きるために欠かせない食料を作る農業で、日本は世界全体の傾向とは違った問題がある。世界人口の増加と反比例するように、日本は農業人口が減少しているのだ。
「世界人口は2050年までに90億人に到達する勢いで増えているため、食料供給を増やしていく必要があります。ところが、現在世界中の農地を使って養える人口は80~90億人と予想されています。いずれ世界人口が100億人以上に増えることを見越し、今後「宇宙船地球号」の定員を超えて農作物を生産供給する工夫が必要です。一方、日本の人口は減少していますが、農業人口はそれ以上に減少しています。高齢化した家族農家が小規模な農業を継続し、また後継者がいないために毎年使われない耕作放棄地が大量に出ている、非常にもったいない状況が長年続いています」と渡邊さんは話す。
世界に目を向ければ、大きなマーケットと需要がある農業だが、日本の農業人口の減少が止まらない。その原因は、少子高齢化だけではなく、小規模な家族農家主体の農業の形に問題があると言う。
「今の日本の農業は大部分が家族で農業に取り組む世襲型農業です。農地規制をはじめとする農業分野の規制があり、多くの参入規制による参入障壁があるため、農業に若い人材を集めるのが難しいのです」
旧来型の日本の農業を打破するためには、「農業を効率化するために、法人を主体とした未来型農業を広げ、農業をビジネスとして取り組む観点が必須」と渡邊さんは言う。
「私は玉川大学のLED農園®という植物工場で野菜を育てる研究をし、実際に販売していますが、こうしたシステム化された農業は、間違いなく企業などの法人が経営主体となるものです。法人主体の農業ビジネスが広がり、そこに雇用が生まれれば、全国の農学部出身者はこれまで以上に農業に従事することが可能になります。若い人材と技術と資本が集まることが大切です。現在、玉川大学で研究を進めている未来型農業は、そのきっかけのひとつとなるのではないかと考えています」
組織であれば、営業から技術開発、マーケティングまでさまざまな知見がある人を雇って農業をより高みに引き上げることができる。通勤しやすい都市に植物工場を作り、技術と資本を投入して効率良く農作物を生産する。夢のある展望だが、ここまでシステム化した農業は実現可能なのか。
「農業生産物の輸出額が世界第2位であるオランダでは、農業人口の80%以上が企業で農業に従事しています。農地としての条件が決して良いわけではない、しかも九州ほどの面積しかないオランダが、広大な土地を持つ米国に次ぐ地位を維持しているのです。効率的に農作物を作る技術と、企業主体の仕組みさえ整えば、面積の小さな国でも農業で世界的な競争力を持てることを示しています」
ただ、日本の農業には企業の農地取得に対する規制や、土地の流動性を強く制限した農地法をはじめとして、さまざまな規制がある。規制を段階的に緩和していくと同時に、「農業は将来性があり、かつ利益にもなることを実際に示していくことが大切だ」と渡邊さんは考えている。
実際に未来型農業が浸透していけば、私たちの暮らしにどのような影響があるのだろうか。渡邊さんは「消費者にとっては、安全性が担保された高品質な農作物を、通年同じ価格で食べられるようになることが一番の変化になる」と言う。
LED農園®では、太陽光の代わりにLED光源を利用する。光環境を自由自在に変えることで栄養価を高めたり、野菜の成長をコントロールすることができる。また、この農園では農地を平面に使うのではなく、ビルの室内で農地を縦方向に積み重ねて農業を行う「垂直農業」も実践されている。天候などの外的環境に左右されないため、通年、同じ価格で農作物を提供できる。
「植物工場で作る農産物は、きれいな水道水にいろいろな栄養素を混ぜて栽培し、室内で農薬を一切使わずに栽培するため間違いなく安全です。『旬の野菜』を超えるような品質を、一年中、安定して作る技術開発を目指しています。
玉川大学のLED農園®は町田市にありますが、この農法を新宿や六本木で行ってもコストは大して変わりません。垂直農業は農地を20、30段と重ねるため、土地のコスト負担が非常に小さいのです。路線やスーパーなどの配送網が充実している都心で実践すれば、『採れてから1時間の野菜が店頭に』といったことが可能になります。消費が盛んでモノの移動がしやすい都市機能を十分に活かせる農法です」
未来型農業には、安全・高品質・一定の価格といった魅力的なキーワードが飛び交う。しかし、植物工場の建設は環境に対する影響はないのだろうか。
「従来の農業の環境負荷が小さいかというと、必ずしもそういうことはありません。焼き畑農業などがいい例で、地球上で最大の環境破壊は農業だなどという人もいます。環境中に化学肥料や農薬をばらまかず、使用する水も工場内で循環的に使用することにより、貴重な水資源を効率良く利用し、また産地と消費地の間の輸送コストを抑えられる未来型農業は、自然を再生しながら工業化を進め、きちんと仕組みを整えれば、むしろ従来の農業よりも環境負荷を少なくできるはずです」
渡邊さんによると、未来型農業で効率的な食料供給ができれば、先述した水の保全や環境負荷の軽減に加えて、世界の飢餓問題を解消することにつながると言う。こうした課題解決は、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す、SDGsの実現につながり、未来型農業は持続可能な未来を創る農業と言える。
未来型農業が行われる場所は、地球上にとどまらない。渡邊さんによると、いずれ人類が宇宙に居住することを見越した、宇宙農業の研究も進んでいると言う。
「将来、人類は間違いなく宇宙に進出していくでしょう。米国NASAをはじめとする世界のさまざまな研究機関が、宇宙に居住するための計画を立てています。私も玉川大学とJAXA、民間企業との協力で、宇宙でのジャガイモ生産を目指した研究に参加していました」
この研究では、直径約5mm~1cm大のマイクロサイズの種芋を大量に作ることができた。通常、ジャガイモの種芋は、芋そのものをいくつかに切る工程や、病気などへの対応策として切り分けた種芋を順番に植える管理などが必要だが、マイクロサイズの種芋であれば植えるだけなので、自動播種機を使用でき、より迅速に作業できる。過去には、ジャガイモの病気がまん延して種芋が不足したことがあったが、こうした生産危機にも技術で対応できるのは、未来型農業の強みだ。
「宇宙開発で生み出された技術は宇宙だけのものではなく、その技術が農業現場にスピンオフしていけば、地球上での農業に役立つ効果も期待できます。農業を取り巻く災害や農地不足、飢餓という問題を解消するためには、トラブルが起きたときに代替できる技術がどれだけあるかが重要です。そうした代替技術を蓄積、整備していくことは、地上での農業生産の安定化につながるのではないでしょうか」
これまで、農学部出身者が農業現場に就職することは比較的少なく、身につけた知識を別の分野で活かす学生が多かったと言う。しかし、渡邊さんのいる玉川大学農学部では近年、植物工場の技術開発部門に就職する学生が増えたそうだ。
「『農為国本』という言葉が示すように、生きていくのに欠かせない食料を作る農業は、とても重要で魅力的な産業です。日本の場合、農業の技術レベルは優れているので、あとは担い手となる組織と人材を取り込むことが課題です。技術と組織、人材の歯車がうまく噛み合えば、今後の日本の農業は加速度的に発展していくものと期待できます」
若者が未来型農業の担い手になる機会が増えれば、私たちの食の未来も大きく変わってくるだろう。私たちの食生活を、より安心で安全なものに変える可能性がある未来型農業の普及には、農業に対する意識を改め、成長産業としての可能性を広めていくことが大切ではないか。この機会に、今後未来型農業の発展に注目してみてはどうだろう。
- 【関連リンク】
- 【お話をお伺いした方】
- 渡邊 博之(わたなべ ひろゆき)
- 玉川大学農学部先端食農学科教授。
同大学で最先端の技術を駆使した未来型農業を研究。LEDを用いて野菜を生産する「LED農園®」での農作物栽培や、宇宙空間での植物培養システムに関する研究に関わる。
- 玉川大学農学部先端食農学科教授。
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June 09, 2022 at 08:00AM
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