香港におむすびを根付かせた実業家がいる。日本産米おむすびの店を100か所以上営む西田宗生さん(37)だ。日本で学生時代にIT分野で起業したが、社会の向上につながらないと悩んだ末、農業の大切さに目覚め、米の販路として香港に着目した。高齢化が進む現地では、おむすびに社会的価値も見いだし、世界に広める自信を深めている。(香港支局 吉岡みゆき)
香港の地下鉄駅改札口前では、「華御結」と記されたピンク色の看板をよく見る。西田さんの店「はなむすび」だ。店頭には、サケや梅干しなどを具材とする定番から、栗とキノコのピリ辛玄米など創作的な品まで多彩なおむすびが並ぶ。
最も安くて1個15香港ドル(約220円)。サバの照り焼きを挟んだおむすびは26香港ドル(約385円)と、やや値が張る。それでも客が途切れることはない。香港でおむすび販売を始めてから10年を超え、今や1日3000個売れる店もある。
日本では元々、農業やおむすびに特別な縁はなかった。時流に合った事業を興せば社会に貢献できると信じ、早稲田大在学中、19歳でIT会社を設立した。システム開発や広告の販売を手がけたが、他社との違いを打ち出せない。収益拡大に追われる中、人生を懸ける仕事ではないとの不安が募った。
何かを得ようと、早大出身の経営者ら400人に手紙を送る。「社会をより良くする会社像」を尋ねると、40人から返事が届いた。小売業大手のトップは20歳の若者に会ってくれた。その言葉は意外だった。「農業は日本の基幹産業だが、今は元気がない。農業を変えなさい」。農業のことはよく知らないが、心が動いた。
それから5年間、農業を独学した。本を読みあさる。著者に連絡をとって農家を紹介してもらい、会いに行く。作業を手伝う。米生産現場の品質へのこだわりに感銘を受けた。国内人口と米の消費が減る中で、輸出こそが農家の暮らしを良くするカギだと確信した。
日本産米の最大の輸出先である香港のスーパーを2009年と翌10年に訪ねた。米売り場で日本の商品は、ただ並んでいるだけで、個性が感じられない。香港人は、日本産米は炊飯前に浸水する必要があると知らないということもわかった。おいしく調理した上で口にできる商品に加工したほうが親しんでもらえると考え、おむすびの販売を思いついた。
だが11年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故で、日本産米の安全性に対する懸念が香港で高まり、日本からの米輸入が停滞する。現地に残っていた日本産米をかき集め、同年6月に出店にこぎつけたが、売れ行きはさっぱりだった。
すしと勘違いする客も目立った。「マグロはどこだ」「しょうゆをくれ」。「香港人は冷えた飯は食べない」とも言われた。そんな時も「どこでも片手で食べられて便利なんですよ」などと話し、心をつかもうとした。
17年、九龍半島に開いた店に、ゆったり座って食べる空間を用意した。不動産価格が高い香港の住宅は狭く、息苦しさのため、当てもなく出歩くお年寄りが多いと知ったからだった。香港も高齢化が著しく、65歳以上が人口の18%を占める。
91歳の父親と来店した女性が言った。「父は、はしを握れず、食事で介助が必要です。でも、おむすびなら自分の手で食べられます。父の尊厳を守ってくれています」。自分の事業を客の心に結ぶことができ、新たなやりがいを覚えた。「おむすびという食文化を世界に広める」と決めた。
「25年までに中国本土やシンガポールなどを中心に2000店、30年までに世界で計1万店に増やす」との野心を抱く。実現には、各国で高まる安全や環境面の意識に応える必要がある。今年1月に始めた新ブランド店「OMUSUBI」ではプラスチック包装を減らし、減農薬米を使っている。
OMUSUBIの設立にあたっては、ユニクロ、日清食品などを手がけたクリエイティブディレクター、佐藤可士和氏にブランドデザインを依頼した。ブランドロゴは、OMUSUBIの文字を三角形に組んで、赤い三角形のアイコンと組み合わせた。「おむすびとは人に優しくあるべき」という考えを、世界中の人が一瞬でイメージできるよう、赤い色で表現してもらった。
30年までの長期計画が達成できれば、使用する日本産米は玄米ベースで年間最大14万トンになると計算する。日本全国の主食用米生産量の2%に相当し、日本の農業に貢献できると考えている。経営規模拡大のため、将来的な香港での新規株式公開(IPO)も念頭に置いている。
米の仕入れ先である宮城県内の農業高校との交流も始めた。香港のおむすび人気を伝え、農業や食品の生産に夢を持ってもらいたいからだ。「『自分もやりたい』と、まねをしてくれる人が増えてほしい。モデルケースになれるよう、挑戦を続ける」と力を込める。
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February 14, 2022 at 01:00PM
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「農業を変えなさい」に一念発起、香港でおむすび売り出した男 - 読売新聞
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