イスラム主義組織タリバンが実権を掌握し、緊迫した状況が続くアフガニスタン。岡山県美作市の荒れ地を開墾して農園を開いた山口敦史さん(36)は、国際人道支援NGO「ペシャワール会」のメンバーとして2007年から1年半、現地で農業支援をした。現在の農園経営の原点になったアフガンでの経験を振り返り、「人々はいつも家族みんなで平和に暮らすことを望んでいた。早く安定してほしい」と願う。
家族を大切にするまじめな人々
兵庫県出身の山口さんは鳥取大で乾燥地農業を専攻していた学生時代、インドやパキスタンの農村地域を巡っていた。その頃、アフガニスタンで医療や農業の支援活動に携わるペシャワール会に出合う。19年に武装集団の銃撃により殺害された同会現地代表の医師、中村哲さん(享年73)の活動に感銘を受け、卒業後に同会の現地駐在員に加わった。
滞在したのはアフガニスタン東部ジャララバードの農村部。度重なる干ばつに見舞われるこの地域で用水路建設や植林、試験農場の運営に取り組んだ。農家に持続可能な栽培方法を伝授するため、毎日地元スタッフと土壌作りや肥料の選別などの試行錯誤を繰り返し、サツマイモや小麦、米などの栽培を成功させた。
「人々はまじめで、どんな作業も粘り強くしていた」と山口さん。特に家族を大切にする文化があり、あいさつをすると必ず「家族は元気かい?」と聞かれたのが印象に残っているという。家族と過ごす週末を楽しみに懸命に作業に取り組む姿を見て、「自分も家族を持ちたい」と思うようになった。
滞在から1年半がたった08年8月、同じ現地駐在員だった伊藤和也さん(当時31歳)が武装勢力に殺害され、山口さんは撤退を余儀なくされた。「撤退は残念だったけど、やむを得なかった」。帰国後は栃木県にあるアジアやアフリカの農村指導者を養成する専門学校「アジア学院」で教員を務め、10年に結婚。11年の東日本大震災を機に移住を決断した。岡山県北部の美作市で雲海に囲まれた山を見つけ、その景色に魅せられて妻と子どもたちと移り住み、14年に農園「ほのぼのハウス」を開園した。
今に生きるアフガニスタンでの経験
当初は草木が生い茂った荒れ地で農業を始めることを周囲から反対されたが、「アフガニスタンでも誰もが無理だと言った用水路を通すことができた。一生懸命にすれば何とかなる世界を見てきたので、自分もここでやれる」と信じることができた。「肥料がなくても山はたくさんの草木が生えるエネルギーを持っている。自然の力を使って野菜を育てよう」と少しずつ土地を耕し、農場は東京ドーム1個分ほどにまで広がった。「安全で本当においしいものを提供したい」と無農薬、無化学肥料で年間60種類ほどの野菜を栽培し、インターネット販売には全国から注文が相次ぐなど人気を集める。
「何もないところで一から農園を作り上げたアフガニスタンでの経験は、全て今に生きている」と山口さんは言う。日々のニュースでは首都カブールの状況ばかりが伝えられがちだが、「農村地域の人々は生きていくため、当時と変わらない生活を続けているだろう」と考えている。もし彼らと再会できたなら――。「『家族と元気に農業を続けているよ』と伝えたい」と思いをはせた。【松室花実】
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September 20, 2021 at 01:00PM
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アフガン安定願う農園経営者 農業支援で滞在した1年半が原点に - 毎日新聞 - 毎日新聞
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